今回は当時、中堅広告代理店に勤務していた新人営業とのお話をしましょう。
ここでは仮称で まっすぐ君 と呼ばせてもらいます。今では大手広告代理店の本部長クラスに出世した優秀な人脈の一人です。
彼との思い出はたくさんあり過ぎてこれからも追々挟んでいきたいと思いますが、そうですね、まずは忘れられないこの話。
それは、大雨だったか 大雪だったか とにかく天気は最悪だったことを覚えています。目をキラキラと輝かせて まっすぐ君
「掲載誌、お届けにきました!」
こんな足元の悪い日に営業は大変だな。有難いな。頭が下がる思いでお礼を言おうとしたその時
「何これ?!」
「えっ、掲載誌ですが・・・もしかして媒体間違ってますか?」
掲載誌とは広告主が雑誌広告を出稿した際に指定通りのスペースやページに仕上がっているかを確認するために雑誌の発売日に先駆けて広告主に届けられる見本商品としての雑誌そのもののことを言いますが、通常これを仲介した広告代理店が届けることになっていました。
通信販売の広告部で媒体担当をしていた私はそれを真っ先に受取りチェックする責がありました。
そして問題なければ本社用、支社用、ストック用、他社競合との研究用などに仕訳して分配します。特に大スペースの広告を展開していたので まっすぐ君 の会社には10冊以上の見本誌を届けるのが義務となっていた。
「天気が悪いのはわかる。重い思いをしながらも一生懸命に届けてくれたのもわかる。でもこれってびしょ濡れじゃん。こんなの見本にならないでしょ(怒)」
たぶん手提げの紙袋が悪天候で弱くなって破れて荷崩れしたものと容易に推測できる。だとしたらなぜ一度戻って新しいものと交換して不備の無いものを届ければ済むことなのに。
「すみません。アポイントの時間に遅れそうだったんで」
と まっすぐ君。
新人の彼には「自社が仲介した商品としての掲載誌」と「アポイントの時間」ではどちらが重要なのか判断できず、私との約束の時間を優先させてしまったようだ。確かに営業としてお客様との面談時間に遅れることはご法度だが、事前に連絡して事情を話せばアポイントのリスケ(再設定) などはわけなくすむのだが、不備の商品をその場で元通りにすることは不可能だ。まっすぐ君 の人としての熱意には敬意を抱くが、これは教育すべき まっすぐ君 の会社の指導の問題が大きいと感じた私は、理由も述べずに今日のアポは延期。そのままの状態で会社に持ち帰って上司に今日のことをありのままに報告するようにと諭してお引き取り願った。
それから約1時間後。
「お客様がおみえです」
まっすぐ君 の会社だ。アポイントはなかったが、きっと上司と一緒にさっきの詫びと掲載誌を届けに来てくれたのだろう。少し時間をおいて心を整えて応接室のドアを開ける。
「・・・???」
・・・私は思わず絶句した。
そこには初対面のキレイな女性が掲載誌を持って待っていたのだ。聞けばこれまた新人の女性で「これを持ってとにかくお詫びをしてくるように」と上から言われたとのこと。
これが広告代理店にありがちな勘違い営業のひとつだ。取引を始める際に実直な営業スタイルを私たちが求めていることを十分に理解を得られたものと思っていたが、いつの間にやら慣れてしまったのか・・・
ナメられたものだ。 期待を裏切られたような気分の私は、あきれてしばらく口がふさがらなかった。
後日。
事情を知った まっすぐ君 の会社の役員がお忍びで、それはそれは丁寧なお詫びをしにやってきた。
結果としてクライアントを値踏みした形となった自社の安易な対応体質を憂い、自分を含めた幹部の指導力の甘さを恥じ、居ても立ってもいられずご迷惑と思いつつも突然出向いてしまったとのこと。これぞThe営業といった対応を久しぶりに目の当たりにして、怒り心頭の私もこの件は雪解けのように水に流すことができた。
どの世界でも話のわかる人はそれなりの経験を積んで重みを増すものだ。経験の数だけ判断力も備わっていく。
現在、新人営業の諸君!若いうちに大いに失敗してください。その失敗がいつか活かされ、指導する立場になった時にも役立つでしょう。そして何よりもそれを経験として許してくれる良いクライアントと出会えることを心よりお祈りする。
あ、そうそう、まっすぐ君。
それからもいろいろとやらかしてくれた事件が続きましたが、彼の成長は私のクライアントとしての成長の証しでもあるわけで。私が長年務めていた通信販売会社を去った今となってはクライアントとお客様という関係のしがらみもなくなり最良の理解者であり飲み友達。
あの日のことは笑い話として酒の肴に伝説となっている。
どうやらあの日、会社でもこっぴどく叱られた彼は、私を呪い、心の中では100回以上殺したそうだ。今でも根に持っているらしい(汗)
「夜道の背中には気を付けてくださいね(笑)」
をキーワードに大笑いしている二人です。う~ん、今夜も美味しい酒がすすみそうだ。
歳の離れた私たちがこんなに心を許しあえる仲間になれた出会いに感謝しなくては。
キミこそ愛される営業マンだよ。楽しい思い出をありがとう!